修士二年 角川です。

 前回のブログ(技術継承問題提起)でも述べたように暗黙知の損失を許容し、ロストテクノロジーを阻止する努力を怠ると、今後宮崎研が新しい衛星システムを実現していくことが困難になります。

 私は技術継承問題に関する研究を進める中で、この問題へのアプローチを実現するためには組織レベル(研究室全体)で全体最適を目指す、開発プロセス改革が要求されるという考えに至りました。

 開発プロジェクトを有する組織の視点を考慮すると、その開発プロジェクトの成否は部分最適問題であり、技術継承問題へのアプローチの実現は全体最適問題となります。単に開発プロジェクトを成功させるという開発チームの問題設定を、開発プロジェクトを成功させ続ける組織文化を醸成するといったように問題設定の範囲を拡大しなければ技術継承問題の解決には至らないためです。
 問題設定の範囲を拡大すると、考慮すべき要素が増えるため、その作業はより労力を要しますし、リソースも限られている中でそれを行うのは開発メンバー個人の事を考慮すると、作業量が増大するため、それ自体が問題になってしまいます。
 しかし、私は宮崎研は技術継承問題へのアプローチを実現することができると考えています。
 すでに全体最適を行うための組織文化が醸成されているからこそSPROUTミッション・運用が成り立っていると思うからです。全体最適を行うための組織文化とは、例えば、SPROUTの衛星開発・運用では、メンバー一人一人に担当のサブシステムが割り当てられていますが、全員がミッションの成功を目指し、割り当てられたサブシステムの枠を超えてプロジェクトの成功のための論点に立ってプロジェクトを推進しています。このように、宮崎研ではプロジェクト内で全体最適を行うプロセスが確立されていると思います。
 また、のちに述べる"SPROUTミッションアーキテクチャ記述の開発(SPROUT設計書編集プロジェクト)”を推進することによって組織に技術継承プロセスを実装することで個人の作業量が増大してしまう問題に対処することができると考えているからです。

 前回のブログ(技術継承問題提起)では、宮崎研衛星開発に関する技術継承問題について少し紹介させていただきました。
 現在SPROUT開発チームではSPROUTミッションアーキテクチャ記述の開発(SPROUT設計書編集プロジェクト)を通して、開発プロセス改善に取り組んでいます。
 今回のブログではそのアーキテクチャ記述の開発に関して、簡単に紹介します。

[SPROUTミッションアーキテクチャ記述の開発(SPROUT設計書編集プロジェクト)の実現による効果]
 暗黙知を次の世代に伝えるプロセスとして主に2通りあります。
 ①暗黙知→暗黙知(有識者の暗黙知をOJT(On the Job Training)、ディスカッション,レクチャーなどによって他者へ伝達するプロセス):このプロセスは次の代が求めている情報をより深く伝達する”効果的な情報の伝達”という面で②のプロセスより有利ですが、より多くの人に情報を伝達する”情報の拡散性”という点で不利です。
 ②暗黙知→形式知→暗黙知(有識者の暗黙知を文書化,モデル化するなどして,他者がそこから知識を得るプロセス):プロセスは”情報の拡散性”という点で有利ですが、”効果的な情報の伝達”という面で不利です。
 SPROUT開発チームでは,①,②を共に実現する努力を行ってはいますが、SPROUTの特徴を十分に網羅し伝達できているとはいえません。今現在、SPROUT開発当時のメンバー以外がSPROUT衛星の運用を行うことができるまでSPROUT衛星の仕様を把握できていないためです。
 ②のプロセスは”効果的な情報の伝達”という面では①のプロセスより劣りますが、SPROUT衛星アーキテクチャは複雑ですが難しくはないため、②のプロセスをSPROUTアーキテクチャ全体にわたって実現することが技術継承のアプローチ全体の効果を高めると考えています。SPROUTアーキテクチャ全体の見通しがよくなるからです。
 そこでSPROUT衛星開発チームでは現在、②のプロセスを実現するために開発メンバーの暗黙知を網羅することを目指すSPROUTミッションアーキテクチャ記述の開発(SPROUT設計書編集プロジェクト)を推進しています。これによって②のプロセスを十分に満たすことだけでなく,アーキテクチャ記述の実現が①のプロセスを指南することが期待できます。

 アーキテクチャ記述の目的は以下のとおりです。
・約5年を有する「SPROUTミッション」を達成するための技術継承の促進:5年間のSPROUT運用を適切に行うために,開発当事者の暗黙知や衛星の運用の仕方に関する暗黙知を適切に継承することが要求される.このような暗黙知がSPROUTのミッション・運用を行う次世代に適切に継承されないと,運用中に発生する衛星や地上局の不具合事象に対処できないばかりか,次世代のSPROUT運用者が開発当事者の間では暗黙的に禁止されていた操作を行ってしまい不具合を誘発するなどといったことが想定されるためである.
・次期衛星開発に対する「SPROUTミッション」の構成要素に関するアーキテクチャの再利用の促進:5年間のSPROUT運用を適切に行うために,開発当事者の暗黙知や衛星の運用の仕方に関する暗黙知を適切に継承することが要求される.このような暗黙知がSPROUTのミッション・運用を行う次世代に適切に継承されないと,運用中に発生する衛星や地上局の不具合事象に対処できないばかりか,次世代のSPROUT運用者が開発当事者の間では暗黙的に禁止されていた操作を行ってしまい不具合を誘発するなどといったことが想定されるためである.

[SPROUTミッションアーキテクチャ記述の開発(SPROUT設計書編集プロジェクト)のポイント:アーキテクチャ記述とは]
 ポイントは以下の通りです。

・ミッションブレークダウンストラクチャー
・粒度の適切な規定
・各粒度に対する境界の網羅的明確化
・各境界に対する抽象度の高い仕様とトレーサビリティーの網羅的な記述
・要求仕様とその根拠の網羅

 以下の図はSPROUTミッションのブレークダウンストラクチャーです。これはミッションアーキテクチャを適切に規定した粒度に従って境界を明確化しブレイクダウンしたものです。衛星システムの部品(外部から購入したコンポーネント)レベルにまで落とし込んでいます。どのレベルまで仕様の記述を行うかは本設計書編集プロジェクトの論点となっています。

 詳細は<5th UNISEC Space Takumi Conference
for Practical Study of Problem Finding and Solving in Space Systems>
に論文を投稿し採択されれば、そこで発表させていただきたく思います。

ところで現在、日本中の企業・大学において全体最適や技術継承問題はトレンドとなっています。

“ほどよし信頼性工学”

“日の丸製造業を蘇らせる!“超高速すり合わせ型”モノづくりのススメ【第1回】 「事業で負けても技術で勝っている」は単なる言い訳 日本企業がグローバルで負け続ける2つの本質的課題”

“『エンジニアリングシステムズ:複雑な技術社会において人間のニーズを満たす』日本語版”

“Engineering Systems: Meeting Human Needs in a Complex Technological World英語版"

などでも述べられている通り、日本の製造業における本質的課題は全体最適と技術継承だと考えています。
 未来を担う自分達の世代は日本のいい部分は生かして、悪い部分は課題点として捉え、改善をリードし、より広い範囲で全体最適を目指していくべきだと考えています。

次回のブログは吉原君お願いします。